地政学と通貨

ロシアとウクライナ

 ロシアとウクライナの間で紛争が起きて、地政学的なことを調べている過程で若干のアイデアを思いついたので簡単に書いてみようと思う。こういった事象が起こった理由について様々な事情が絡み合っているだろうから単純に割り切れないだろうが、本質的にはアメリカとロシアの対立関係が原因であり、その延長線上で起きている事象と考えられる。

 旧ソビエトの崩壊に伴って国家として独立した地域を独立国家共同体(CIS: Commonwealth of Independent States)というが、紛争で話題に上がる国々(ウクライナ、ベラルーシ、モルドバ、ジョージアなど)はいずれもこれに該当する。これらの地域は軍事的には欧米諸国とロシアの間にある緩衝地帯と考えられており、どちらの色にも染まらない地域として国際的に管理されている傾向があるようにみえる。しばしば、これらの国々を緩衝地帯とすることで安全保障を得ようとするのがロシアの戦略であり、ウクライナが欧米諸国によった国家になろうとしたことが紛争の原因になっているという分析がなされている。

 しかし、現実には欧米諸国にとってもこれらの地域が緩衝地帯であることは安全保障上有益であり、欧米諸国とロシアの間である程度コンセンサスがあって、このような管理になっていると考えるべきだろう。そのため、ロシアがウクライナに紛争を仕掛けたにもかからわず、欧米諸国が軍事的な介入をしようといった動きを見せない(し、ロシアはそれが行われないことを知っていると考えられる。)のは、これらの地域が緩衝地帯であることにメリットがあると考えているためだろうと思われる。

 このように考えると、欧米諸国はウクライナが勝つか負けるかにはあまり関心がないし、敗北することについてあまりデメリットを感じていないのかもしれない。もしくは、ウクライナやモルドバ、ジョージアあたりは不必要に欧米側に寄りすぎてしまったと考えている部分もあるのかもしれない。ウクライナがロシアのみならず、EU/NATO側にも批判的なのは自分達がそういった扱いをされていることを知っており、大国の都合でいいように利用され、国家としての主権や自由が侵害されるのはごめんだ、と言いたいということだろう。

国家にも階級が存在する

 このように書くと、欧米諸国というのはひどく冷淡な対応をするものだなと思うかもしれないが、すべての国家や地域に対してこのような扱いをするわけではないだろう。国内で階級社会が形成されており、上級国民と下級国民の分断がされていると議論されるようになって久しいが、実は国家の間にも階級が存在しており、平和や自由、経済的な豊かさを得られる上級国家と、それらを得ることができない上にしばしば紛争地域にもなる下級国家というものが国際的に管理されているように見える。ウクライナをはじめとするCISの国々がどういった扱いを受けているかは明言しないが、容易に推して測ることができることだろう。

 それでは、そういった階級がどのようなメカニズムで付与されるのか。言うまでもないかもしれないが、経済や軍事、外交の自由な競争の結果として生じており、下級国家として扱われるのは自由競争の結果にすぎず自己責任である、などと考えるのは明らかな間違いだろう。当然のことながら、そういった階級を各国に割り当てることで自国の優位性を得たり、支配的な地位を維持しようとしている国家が存在する。いわゆる覇権国家であり、現代においてはアメリカ合衆国がそれに当たる。それでは、覇権国家は何を目的としてどのように階級を割り当てようとするかというと次のようになる。

覇権国家は地政学的に近い順に上の階級を付与したがる

 ここでいう地政学的な距離(近さ)というのは、現実の地図における物理的な距離ではない。世界地図から海を取り除いた地図上での(実際の距離ではなく)序列を意味する。具体的には、アメリカから見た場合、ヨーロッパ側は

  イギリス > フランス・ドイツなどEU諸国 > 北欧、東欧諸国 > CIS > ロシア

アジア側を見ると

  日本、オーストラリア > 韓国、台湾 > 中国・東南アジア・インド > 中東

北と南側は

  カナダ、メキシコ > 中南米 > アフリカ

というのが大体の地政学的な近さの序列にあたるだろう。要するに、アメリカから見た場合、自国の優位性や支配的な地位を維持するためには、この順番で利害を優先する序列(すなわち、階級)を決定することが好ましいということになる。

 なぜこうなるかというと、安全保障において地政学的な近さは利害共有の大きさを表す指標であり、近い国ほど利害を共有して経済的な利益をばらまくことで支配を正当化して維持する一方で、遠い国になるほど敵対的になって経済的にも軍事的にも弱体化させることを選ぶというインセンティブを持つことになる。結果として、アメリカに地政学的に近いほど、経済的な豊かさや平和を獲得できるのに対して、遠くなるほど紛争地域になる可能性が上がり、経済的にも貧しいままになる傾向が生じると考えられる。このようにみると世界の紛争や対立関係、友好関係というのは国家間の階級的な友好関係、対立関係であるとみることができるかもしれない。

アメリカとロシアは相容れない

 単純に見えるかもしれないが、こういった分析は国際関係で生じる多くの事象を説明できる。上記のように考えれば、アメリカが考える国際秩序とは相容れない国々が存在することは容易に見て取れるだろう。アメリカはロシアを国家の階級として最も下の扱いをしたがるだろうし、国家や経済の規模から見て、中国やインドの立ち位置は相当に不自然に見える。中南米、中東、アフリカにはこのような国際秩序に異を唱える国が多いことはよく知られていることだろう。

 現代の状況を鑑みれば、アメリカが考える国際秩序と異なる立ち位置にいる国家で重要な国は中国とロシアであり、アメリカはこれらの国は弱体化させるように国際戦略を考えることになるだろうし、それを隠そうともしていないのは容易に見て取れる。当然、中国ロシアから見ればこのような扱いは到底受け入れられるものではないので対立することになる。今後、中国ロシアは欧米の経済圏から離れて独自の経済圏を構築する方向に進む可能性もあるように見える。ウクライナをはじめとするCISの状況はこのような対立関係から生じているものと考えられる。

 また、こういった考え方は、イギリスが欧州から距離を置く、あるいは、日本がアジアの国々から距離を置く理由も説明できる。すなわち、イギリスや日本にとって大陸側の国々の社会に組み込まれるよりアメリカの国際秩序に組み込まれた方が国際的に高い階級を付与されることになり、経済的にも軍事的にもメリットを得ることができる。イギリスがEUから離脱したのは、EUにいることで得られる階級よりも、アメリカ側の国際秩序に従うことで得られる階級の方が高いからである。このような地政学的な性質が、イギリスと欧州、日本とアジアの国々(主に中国だけど)の間に一定の壁や対立関係が生みだす原因になっていると考えられる。

主要国通貨の主要国は誰にとっての主要国か

 どっかの地政学の本の受け売りをドヤ顔で解説しただけで通貨と何の関係もないじゃねえかと思われたかもしれないが、最初に書いたように思いついたアイデアというのを最後に示そうと思う。FXで主要国通貨といわれるのは、USD,EUR,GBP,JPY,CHF,CAD,AUD,NZDであるが、なぜこれらの通貨が主要国通貨(主要8か国通貨)といわれるのかについて、ふと疑問が浮かんだ。金利の水準(投資対象としての魅力)や歴史的な事情もあるかもしれないが、経済的な重要性や経済規模の大きさに従って考えるならば、含まれるべき通貨が含まれていないように見えるし、NZDが含まれるのは不自然に見える。

 例えば、ブラジルは経済規模としてはオーストラリアとほぼ同水準の大きさであり、オーストラリア同様の資源国であるし、インドはイギリスとほぼ同水準の経済規模を誇っている。一方で、ニュージーランドは人口が500万人程度、GDPは2000億ドル(23兆円)程度であり、これはシンガポールより規模が小さいし、国際貿易取引の規模ではシンガポールの10分の1程度であり遠く及ぼない。国際取引におけるNZDの地位を考えれば主要国というにはあまりにも不自然に見えるのである。

 結局のところ、上記の地政学的な理由で国家に階級が付与される、ということを考えれば主要国通貨の主要国はアメリカにとっての主要国であることがわかるだろう。国際金融市場の実質的な運営者はアメリカであると考えることができ、アメリカから見た上級国家として扱うべき国の通貨が主要国通貨であるというのが本質であろうと推測できる。

 一般的なイメージと異なり、独裁者は一人で国家を支配し運営するということができるわけではない。それを実現するためには、支配を盤石とするように国民を階級分けし、自分の支配を支持する者(もしくは、逆らうことができない者)を上級に、逆らう者や逆らう可能性がある者を下級にして弾圧するという操作を行うことで独裁を実現しているらしい。これは国家間でも同じで、覇権国家は同様の操作を行うことで経済や国際関係を支配していると考えられる。