呑み行為
FX業者の従業員はイギリス人みたく昼間から酒を飲みに行ってるのか、ぼろ儲けしやがって、いいご身分だなチクショー、という話ではない。競馬のようなギャンブルで、居酒屋のおばちゃんが酔っぱらいのギャンブラーから予想を聞いて、馬券を買ってくるパシリをするふりをして、実は馬券を買わずにその代金を自分のものとすることを”呑み行為”という。ようはギャンブラーが負けて損をすれば、居酒屋のおばちゃんはその分のお金を自分のものとすることができることになる。競馬ではほとんどのギャンブラーが負けるので、これはかなり儲かるだろうが違法行為とされている。JRA(結局は政府だけど)の利益を横取りしている行為に相当するからだろう。
金融業者の収益構造
銀行や証券会社、FX業者のような金融業者の収益構造というのは、基本的に金融取引に伴う手数料やスプレッドによるものであり、日本が世界に誇る”ザ・中抜き”と同じものであると考えられる。残念ながら、この構造はゴールドマンサックスだろうがモルガンスタンレーだろうが基本的に同じであり、日本固有ではないだろうが・・・。どうも、金融業界というのは自分たちの収益構造がこういうものであるということを世の中に知られたくないらしい。そのために以下のような都市伝説が、ノンフィクションという名の小説で語られたり、広告宣伝されたりする。
- 凄腕の伝説のディーラー、伝説のファンドマネージャーといった人たちの相場観や、怪しげな数学者やロケットサイエンティスト、コンピュータープログラマー(こういった人たちはクォンツといわれる。)といった人たちが高度な数学を駆使してモデルを開発してアルゴリズム取引で稼いでいる。
- 自分たち金融業者がボロ儲けするのは、世の中の投資家連中が非合理的であるからであり、どっかの間抜けが大損しているおかげである。そう、君たちがおバカさんだから我々は儲かるのだよ、ふははは。
いずれの仮説もこのブログでは否定するつもりだが、FX業者が吞み行為で稼いでいるという都市伝説は2.に相当する話なのだろうと考えられる。
実際はどうなのか
では、吞み行為をFX業者は行っているか、ということである。外国為替証拠金取引は公営ギャンブルではないので、呑み行為が特に違法であるわけではないし、そもそもデリバティブ取引は相対取引であるため、取引の相手方はFX業者以外ではありえず、FX業者は顧客の取引を基本的に呑んでいる。しかし、それでは顧客の損失がFX業者の利益かというと、そうであるとは言えない。
というのも、顧客には買い手と売り手の両方がいるため、それぞれの注文を受けているのだから、FX業者はこれらの取引のポジションを相殺することができる。結果として、FX業者はポジションやリスクをとることなく、スプレッドに相当する部分を収益として得ることができる、ということである。以上のように、自分たちの損失がすべてFX業者の利益と考えるのは間違いであるし、FX業者の取り分というのは顧客の損失のうちのごく一部に過ぎないと考えられる。理屈上はすべての顧客が利益を上げても、FX業者が収益を上げることは可能であり、FX業者を敵視するのは100%間違いとは言えないが、本質的にはミスリーディングであるといえる。以前にも書いたようにFX業者はカジノの運営者のようなものであり、顧客が儲かるか損するかにはあまり興味がないと考えられる。
FX業者のリスク管理
当然のことだが、買い手と売り手で取引を相殺できるといっても、どちらかに偏ったらポジションが残る。これをどうするかということだが、これはFX事業者によってスタンスが異なると考えられる。ひとつの方法は、インターバンク市場でカバー取引を行うことでポジションを相殺することである。もう一つは、カバーをとらず自己のポジションにしてしまうもので、レートを他の業者と微妙にずらしてポジションを相殺する注文を呼び込むような工夫をするというものである。前者は仲介業者(ブローカー)に近い形態であり、後者はマーケットメーカーといわれる銀行や証券会社のディーラーに近い形態と考えられる。推測でしかないが、例えば、GMOクリック証券は前者の方法を採用しており、DMM.com証券は後者の方法を採用していると推測される。
金融業者には自己資本規制というものが課せられており、その中の市場リスク相当額というものがどれだけのポジションリスクをとっているかというもの相当する。これは10日間の価格変動で最大いくらの損失が生じるかというものを計算したものになっている。GMOクリック証券とDMM.com証券はそれぞれ以下のように推移している(業務及び財産の状況に関する説明書を元に筆者が作成 (単位:百万円))。
GMOクリック証券 | 2017年12月期 | 2018年12月期 | 2019年12月期 | 2020年12月期 |
トレーディング損益 | 12,330 | 18,567 | 18,714 | 20,679 |
市場リスク相当額 | 85 | 196 | 138 | 51 |
DMM.com証券 | 2017年3月期 | 2018年3月期 | 2019年3月期 | 2020年3月期 |
トレーディング損益 | 27,787 | 13,368 | 9,608 | 26,430 |
市場リスク相当額 | 12,121 | 8,137 | 5,901 | 4,722 |
GMOクリック証券が全くと言っていいほどポジションリスクを持っていないのに対して、DMM.com証券が結構大きめのポジションリスクをとっているし、トレーディング損益も大きく変動していることが見て取れるだろう。こういった事情から顧客の取引が片側に偏ることが想定されたり、価格が頻繁に跳ねるような動きをする通貨はDMM.com証券は取り扱いづらいと考えられ、トルコリラ(TRY)などの高金利通貨がDMM.com証券では取り扱われない理由であろうと推測される。
いずれの方式であっても、基本的にFX業者の収益の源泉がスプレッドや手数料であることに変わりはないだろうし、可能な限りポジションを持たないようにしたいというところはどちらの方式も変わらないと考えられる。GMOクリック証券とDMM.com証券は外為証拠金取引の取扱高がほぼ同じであるため、スプレッドや手数料から同程度の収益を得ていると考えられる。トレーディング損益の水準は両社で大きく変わるわけではないので、ヘタクソな顧客の損失が収益の中心的な源泉であるという仮説は根拠のない誤りだろうと考えられるのである。
なぜカバーをとらない
では、なぜDMM.com証券はなぜカバーをとらないのだろうか。FX業者にとっては、インターバンクでカバーをとるということはコストを払って(スプレッドをとられる側になる)取引することになるため、極力避けたいところだろう。DMM.com証券がカバーをとらないのはヘタクソな顧客が負けて収益源になるというより、カバーをとるためにかかるコスト(ヘッジコスト)を節約したいがためと推測される。おそらく、一定水準以内のポジションについてはカバーせず、許容水準を超えた分だけをカバーしていると考えられる。このようにして節約したコストを顧客に還元することで営業戦略上の優位性を得ようとしている、というのが真相だろうというのが筆者の考える仮説である。
こういった類の競争はマーケットメーカーの間では普通に行われるもので、ヘッジコストを如何に小さく抑えてビッドアスクスプレッドを小さくし、注文を呼び込むかという競争が行われる。ただ、こういった競争はリスクテイクとのトレードオフという側面もあるため、サブプライムショックのような急激な変動があるとヘッジコストをケチった付けを食らって、それまでの利益を吹き飛ばすといったことは稀によくある事象であろうと考えられる。