シンガポール

アジアのスイス

 一般に、1人当たりGDPが高い国のうちのいくつかはタックスヘイブンであり、相続税や金融取引に対する税率が低い(意図的に低くしているのだろうが)ために、外国の富裕層や所得が高い人たちが集まる国であるといえる。代表例は、スイスやルクセンブルグ、アイルランド(1人当たりGDP1位~3位)であり、いずれも金融センターとしての役割を持っており、外国人比率が高い。こういった国は自国の産業が発達して豊かになった国というより、外国企業や金持ちが租税回避目的で流入してきて豊かになった国であるといえる。(もちろん、1人当たりGDPが高いことが必ずしも豊かであることを意味しないかもしれないが。)

 同様にして、外国企業や金持ちが流入することで豊かになった国として挙げることができるアジアの国は(国ではないが)香港とシンガポールだろう。香港はまた別で説明するとして、シンガポールがいかに普通の国ではないかは他の東南アジアの国と比較すれば一目瞭然だろう。

GDP(10億ドル)人口(百万人)1人当たりGDP(ドル)
インドネシア1060270.23922
タイ50269.87190
フィリピン362108.83330
ベトナム34197.43499
シンガポール3405.7758901
マレーシア33832.910270
ミャンマー8153.21527
カンボジア2615.71655
ラオス197.272626
ブルネイ120.4626065
東ティモール1.81.321359
2020年。国際通貨基金(IMF)のWorld Economic Outlookから作成。

 1人当たりGDPは周辺の国家と比較して、文字通り桁が違う。人口、経済規模だけ見れば東南アジアの主要国はインドネシアであるが、資本主義経済的な考え方があまり馴染まないように見える国で、ビジネス上の契約を平気で反故にしたりすることもあるという意味で若干残念な国であり、通貨であるIDRもインフレ率が高い。そのため、東南アジアの主要通貨はシンガポールのSGDであると考えるのが妥当と思われる。購買力平価のところでも説明したように、シンガポールの金融政策の対象は政策金利や物価水準ではなく為替レートであり、対USDの購買力平価に対して一定の比率を保つようにコントロールしていると推測される(何をターゲットとしているかは開示していないようである。)。

なぜ外国人を大量に受け入れるか

 普通の国家であれば、外国人の移民を大量に受け入れるということは極力避けたいことだろう。そういった人たちが結託して大きな政治力を持つということを恐れるためである。これはタックスヘイブンの国でも変わらないと考えられる。

 しかし、スイスやルクセンブルグ、アイルランド、シンガポールで共通して言えることは、軍事的にみれば独立した国家であることがそもそも不可能な国家であるということだろう。スイスは永世中立国を謡う平和的な国であると思われるかもしれないが、はっきり言って周囲の国家と戦争などしたら勝ち目が全くない国であり、軍事的な標的にされては困るということであろう。アイルランドはイギリスに目を付けられたら勝ち目などないし、ルクセンブルグはまともな軍事力など持つことができない。

 同様にしてシンガポールはマレーシアとインドネシアに囲まれた国であり、これらの国に軍事的な標的にされたらひとたまりもない国であるといえる。こういった国家が生き残て行くためには、軍事的な標的とすることが難しくなるように壁を作る必要がある。そのためには、他の強力な国々と利害関係を共有して自分の国家を敵に回すと損をしますよ、怖いお兄さん達が黙っていませんよ、という戦略をとる必要がある。

 結果として、外国企業や外国資本、大量の外国人の移民を受け入れるという戦略がとられており、これにより強力な国家と強い利害関係を持つことで、軍事的な標的にされることを避ける狙いがあると考えられる。とはいえ、移民として流入してくる外国人は政治的な脅威になり得るので、そういった活動を必要としないであろう節税目的の富裕層を中心に受け入れるという政策がとられているのだろうと思われる。

抑圧的な管理国家

 こういった国では受け入れた外国人も含めて、自由主義的で民主的な国家とはなり得ないのかもしれない。先進国から移ってくる富裕層は相続が済めば去っていくだろうし、周辺国から受け入れている労働者は基本的には長期間定住させないように管理されている。もともといるシンガポール人(主に、中華系とマレー人)のうち富裕層はごく一部であろうと思われ、国民全体で豊かな国であるわけではないと考えられる。シンガポールは所得格差、資産格差が大きい国としても知られている。

 シンガポールでは参政権はあってないようなものであり、実質的に政権を担う政党(人民行動党)は一つしかないため国民に選択権はほぼないということである。そのため、格差を是正しようといった政治活動はほぼ無意味であり、富裕層と中間層、労働者層が分断されている社会であろうと思われる。加えて、国民の行動を統制するためにやたらと細かい規制と罰金が定められていたり、住居のほとんどは公団団地であり、住む場所の割り当てなども政策的に決められている。こういった政策は、シンガポールのような国家が生き残っていくにはやむを得ないことなのだろうし、油断すると近年の香港のような事態が生じる可能性があるということなのだろう。

 いくら節税のためとはいえ、このような窮屈な国に外国人の富裕層は移住してくるのだろうか、という疑問は生じる(もちろん、大抵の不便は金が解決するだろうが)。おそらく、移住してくる外国人の富裕層の多くは新興の金持ち、いわゆる成金といわれる人たちが多いのだろう。成金の人たちは自身の資産を守れるだけの政治的な後ろ盾を持たない場合が多く、元の国に留まると資産を国に没収されるリスクが付きまとう。政府が金持ちの資産を回収するルートは税金に限られたものではなく、そういった不安や脅威から逃げるために移住している部分もあるのかもしれない。

シンガポールの経済

 最後に、シンガポールの経済についてまとめて終わりにしようと思う。タックスヘイブンに共通して言えることだが、主要な産業は金融業と新興の産業、国内向けのサービス業であり、現在はエレクトロニクスなどのハイテク系の製造業やIT産業などが中心であると考えられる。ただ産業構造はあまり固定されず、将来において新しい新興産業が出てくれば、そういった企業が流入・受入されることになるのだろうと推測される。

 特筆すべき点は、GDPを優に超えるほどの国際貿易取引だろう。東南アジアにおける中継貿易の拠点として大きな地位を占めている国であるといえる。2020年における財とサービスの輸出と輸入の金額はそれぞれ5992億USD、4906億USD(IMFの国際収支(Balance of Payment)参照)であり、当然ことながらその多くは自国で消費や生産をするものではないと考えられる。外貨準備高も3622億USDあり、そのほとんどが貿易によって獲得した外貨だろう。そのため、シンガポールの経済状況というのは、貿易相手である中国やアメリカ、主要な先進国の経済状況の影響を大きく受けると考えられる。

 前回の外貨準備でも述べたように、輸入超過の経済大国は自国通貨で国際貿易を行うインセンティブを持つため、その抱き合わせとして外国通貨で国際貿易を行うと同時に国際金融取引の市場を発達させる国が必要とされるものであり、シンガポールはそのような国の一つであると考えることができる。

 

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