テイラールール

政策金利の決定モデル

 金利平価説や外国為替証拠金取引の説明のとおり、政策金利は為替レートに影響を及ぼすと考えられる。政策金利の対象となる短期金融市場(マネーマーケット)の金利は市場における資金取引の需給で決定されるように見えるかもしれないが、通常短期金融市場は中央銀行が大きな支配力を持っており、実質的には中央銀行が決定していると考えてよい。したがって、政策金利は人為的に決定されている値と考えるべきだろう。

 それではどのようなルールで決定されているのだろうか。人の判断で決めているのだから、一定のルールやガイドラインのようなものがあると考えられる。有名なのは、経済学者のJohn Taylorが提唱したテイラールール(Taylor Rule)である。これは以下の式で表現される。$$\small i_t = r_t + \beta_{\pi} (\pi_t-\pi^{\ast}_t)+ \beta_{y} (y_t-\bar{y}_t) $$ここで、\(\small r_t \)は自然利子率(均衡利子率)、\( \small \pi,\pi^{\ast}_t \)はインフレ率と目標インフレ率、\( \small y_t,\bar{y}_t \)は実績GDPと均衡GDP(自然失業率(NAIRU)を前提としたGDPでNAIRU GDPともいう。)である。一つ一つの項目について説明が必要であろうが、基本的にはインフレ率とGDPを説明変数、政策金利を被説明変数にして、回帰分析をすれば大体のルールめいたものを推定できるという考えだろう。

自然利子率

 自然利子率\(\small r_t \)は回帰分析の定数係数に相当する値であり、経験則(英語では親指ルール(Rule of Thumb)といわれる。)として2%に設定されることがある。時間というものにも稀少性があり、稀少性があるものには値段が付くというのが経済学の基本原理であり、時間の値段が利子率というものに相当するのだろう。人間にとって時間が稀少である原因の根本は、人間は死ぬ動物であり、寿命があるということである。不老不死であるならば、時間に稀少性を見出すことは難しいように思えるのである。

 そのため、自然利子率というのは人間の寿命から出てきている数値と考えることができる。国によって差があるだろうが、大体人間の平均寿命は70~80年であり、現在生きている人間は35~40年ぐらいで半分ぐらいは死ぬことになる。ようは半減期が35~40年ということであり、例えば\( \small \exp(-rt)=\exp(-35r)=0.5 \)とおいて逆算すると\( \small r=1.98\% \)であり、大体2%になるということである。近視眼的で年利20%の消費者ローンを使う人もいれば、年利0.01%でも銀行預金に大金を預ける人もいるので、人それぞれ好みはあるだろうが、合理的に見積もれば2%ぐらいというのが妥当なのだろうと考えられる。最初に書いたように、実際には回帰分析の定数係数であり2%という数値にこだわる必要性はないかもしれない。

インフレ率と目標インフレ率

 利子率があるために貨幣の価値というのは通常毎年落ちていく定めにある。と同時に、何もなくても利子率分だけ貨幣量は増加することになる。この貨幣の価値の減価率がインフレ率(Inflation Rate)であり、表面的にはこのインフレ率を管理することが中央銀行の使命(ミッション)である。政策金利(マネーマーケットの金利)というのは資本市場の金利(債券利回りや株式のリターン、あるいは早期に財を消費することの効用)に対して、貨幣を保有することの利回りと考えることができるかもしれない。貨幣の価値の減価を抑えるためには、貨幣の保有に対してメリットを提供する必要があり、政策金利を上げるということはインフレを抑える効果があると考えられる。

 そのため、目標とするインフレ率に対して、乖離があるならばそれと同じ方向に政策金利を調整すればよいということであり、テイラールールの第2項目がそれに当たる。テイラールールを運用するには、目標インフレ率は外生的に決定する必要があり、これを決定し世の中に開示することがインフレーション・ターゲット(Inflation Target)といわれる。よく言われる目標インフレ率2%というのは、この政策金利決定ルールの目標インフレ率のことである。

 よく勘違いされるが、インフレ率2%が達成できなければ経営目標の未達であり、経営者である中央銀行の総裁は責任を取って切腹すべきのように考える人もいるかもしれない(左翼的な人がわかっていながら政治的な目的で言っているだけかもしれないが)が、ただ政策金利の決定ルールをアナウンスしているだけであり、そのような意味はないのが通常だろう。実績インフレ率と目標インフレ率の乖離はインフレギャップ(Inflation Gap)といわれる。

GDPと自然失業率GDP

 政策金利の水準というのは、インフレ率のみでなく、経済活動の水準にも影響を及ぼす。このトランスミッションメカニズム(波及過程)についてはおいおい説明するが、政策金利を上げると市場における経済活動を抑制する効果があり、下げると刺激する効果があると考えてよい。そのため、あるべきGDPの水準や成長率に対して、実績値が低すぎれば政策金利を下げようということになるし、反対に高すぎれば政策金利を上げようということになる。これがテイラー・ルールの第3項目にあたり、実績GDPと均衡GDPの乖離はGDPギャップといわれる。

 自然失業率というのは国によって異なるため、均衡GDPというのは定義が曖昧である。そのため、現実には実績GDPのヒストリカルデータを用いてスムージングした値と実績値を比較して第3項目の値を決定する。このスムージングした値を推定するためにHodrick Prescott Filter(HP Filter)という手法が用いられることが多いようである。この手法については別の投稿で説明しようと思う。

その他の要因

 米国やユーロ圏のような大国では上記のようなモデルでよいだろうが、大抵の国はUSDやEURの金利水準に合わせて政策金利を決定しているだろうし、それらの通貨との為替レート自体が重要な決定要因であることも少なくないだろう。したがって、テイラールールをより一般化するならば、 $$\small i_t = r_t + \beta_{\pi} (\pi_t-\pi^{\ast}_t)+ \beta_{y} (y_t-\bar{y}_t) + \beta_{f} f_t + \beta_{e} (e_t-e^{\ast}_t) $$のように外貨金利と為替レートの水準をルールに入れると良いかもしれない。ここで、\( \small f_t \)は重要な外国(例えば米国)の政策金利、\( \small e_t,e^{\ast}_t \)は実績為替レートと目標為替レートである。こういったモデルについても、実際のデータを用いて調べるということはやっていこうと考えている。