閑話休題:分散投資は必要か

分散投資とギャンブル

 個人投資家向けのポジション管理やリスク管理、取引手法について体系的な理論を将来的には考えたいと思っているが、現状あまりアイデアがないし、イメージが湧かないというのが正直なところである。そのため、これはたぶん違うんじゃないかというものを除外していく消去法で、より重要そうな要素を抽出していくことを考えたい。その第1弾として分散投資というものを取り上げる。

 トレーディングは長期保有ではないのでそもそも投資と異なるが、複数の取引機会があった場合、例えば資源国通貨(AUD、CAD、NZD)の買いや売りを戦略として考える場合、に資金を分けて分散する必要があるかということである。何となく、リスクを分散できるので分けた方が良いような気にもなるかもしれないが、最も自信がある通貨に資金をすべて入れるのが利益を最大化する取引だろう。また、仮に予想が外れた場合にも、最も優位性があるポジションの方が損失を抑えられると考えられる。

 結局のところ、リスクの大きさというのは投入している資金額やレバレッジ、取引対象のボラティリティに依存し、ポジションの分散度合いというのはさほど重要な要素ではないように思えるのである。リスクを抑えたいのであれば、レバレッジを落とせばよいだけのことであり、わざわざ分散して保有する必要性はないだろう。ギャンブルとして考えると、分散投資をしてポートフォリオを作るということの本質はリスク管理ではなく、複数の賭けを合成することで自分にとって有利なオッズの賭けを作り出すことにあると考えられる。数学的には同じことであるかもしれないが、背景にある考え方はだいぶ違うと考えられる。

ポートフォリオ選択理論

 アカデミックであれ、資産運用会社であれ投資理論というのは、馬鹿の一つ覚えのように分散投資を推奨し、それ以外やることないのかよと言いたくなるほどポートフォリオ選択の理論を研究する。ただ、投資であれトレーディングであれ、個人投資家レベルの資金運用では多くの人が気にするほどポートフォリオの選択はリターンやリスクに影響を及ぼさないように見えるのである。最初の例でいえば、資源国通貨の買いや売りといった取引戦略の決定や資金管理(レバレッジや利確損切ラインの設定)の方がはるかにリターンやリスクに影響を持っており、その戦略が正しければどの通貨を売買しても利益が出るだろうし、間違っていれば分散しているかどうかにかかわらず同程度の金額の損失が生じると考えられる。

 では、なぜ投資理論はポートフォリオ選択理論ばかり研究するのかというと、資産運用会社のビジネスというのが本質的にそれに依存しているからである。一般的なイメージと異なるかもしれないが、資産運用会社は顧客から預かった資金の運用を行った結果の運用収益を収益源にしているわけではない。基本的に資産運用で利益を得ようが損をしようがその損益はすべて顧客に帰属し、資産運用会社の損益はその影響はをほとんど受けない。例えば、世界最大の資産運用会社といわれるブラックロックの資産運用残高(=顧客預かり資産残高で、AUM(Asset Under Management)という。)と毎年の収益(通常の企業の売上高に相当する)を見ると以下のとおりである。(単位:100万ドル)

 20162017201820192020
AUM5,147,8526,288,9955,975,8187,429,6338,676,680
Revenue11,15512,49114,19814.53916,205

まず、8.7兆ドル(約950兆円)という資産運用残高の大きさに驚く(株式会社アメリカ恐るべし)が、それよりも目を引くのは資産運用残高に対する収益率の低さとその安定度合いだろう。収益が運用金額の0.2%程度しかない。これを資金の運用を行った結果の運用収益と考えるならば、どれだけ堅実な運用をしているんだよということになる。当然のことながら、この収益はそういったものではなく資産の運用を代行するサービスに対して得る手数料が収益源になっているのである。要するに、預かり資産金額の0.2%程度を手数料として受け取っていて、それがブラックロックという会社の売上高になっているということである。

 このように考えると、ファンドマネージャーというのは資産運用に責任を負っているといっても、ファンドのパフォーマンスが直接的に資産運用会社の収益になるわけではないことがわかる。資産運用会社にとって収益の重要な要素は、一定の相関はあるだろうが、運用のパフォーマンスよりも顧客預かり資産残高となる。そのため、ファンドマネージャーの給料というのは必ずしも運用しているファンドのパフォーマンスで決定されるわけではないだろうし、会社によってはファンドマネージャーよりも顧客との関係を受け持つセールスの方がずっと強い発言権を持っている場合もあると推測される。では、資産運用会社が顧客に対して手数料を請求する正当な理由は何だろうか。

 答えは、顧客の預かり資産を適切に分散投資するというサービスを提供しており、その対価として手数料をいただいているというわけである。よく考えればわかるように分散投資が必要ないとしてしまうと、資産運用会社の存在意義がなくなってしまうといわないまでも表面上は相当に薄れてしまうのである。一般大衆が直接投資できない単一の資産にひたすら投資するという投資信託は考えられなくないが、例えば”AUDだけにひたすら投資します、毎年0.2%の手数料をください”という投資信託は考えづらいように思うのである。これが投資理論がポートフォリオ選択理論に偏重する理由であろうし、学者や金融マンは”分散投資(笑)なんて意味ねえよ”などとは言ってはならないものと推測できる。

まとめ

 上記の考察からいえることは、分散投資は意味がないとは言えないし、それが害悪であるなどということはもちろんないのだが、個人投資家レベルでは重要性があまり無いように見えるのである。資産運用会社で働くならともかく、個人投資家がポートフォリオ選択理論の研究などに時間を費やしても有益な知識や情報を得ることはほとんどないと考えられる。以上の理由から、このブログでは分散投資やポートフォリオ選択の理論については詳しく取り扱わない。・・・可能性が高い。いやそこは言い切れよ、と思うかもだが、最初に書いたようにあまりイメージが湧いていないというのが正直なところではある。