合理的期待と適応的期待
金利平価説について計算式通りに検証したが、もう少し改良の余地があるんじゃねえの?とおそらく思っただろう。というのも、AUDやNZDの表などを見れば、為替レートと金利差はかなり連動性があるように見えるのだが、金利平価説の式によるフィッティングはそれをほとんど取り入れていないように見える。これは、金利平価説では金利差を為替レートに反映するまでに時間の経過を要求するからである。
世の中の投資家やトレーダーというのは大抵短気であり、例えば金利差が0.5%だったものが1%に変化した場合、10年で5%か、よしゆっくり10年待とうなどとは思わないのである。金利変化の予測を当てたのだからその5%今すぐよこせ、と思うものだろう。将来の変化がほぼ確実に予測できるのであれば、それを待つことなく現在時点で市場価格に反映すべきとする考え方は合理的期待仮説(Rational Expectation Hypothesis)といわれる。一方で、おとなしく待つという考え方もあり、これは適応的期待仮説(Adaptive Expectation Hypothesis)という。
ここまで見た通り、適応的期待仮説は物足りない部分があり、合理的期待仮説に基づいた方がより現実に適合するように見えるだろう。ただし、金利差がどれだけの期間継続するかという点については不確実性が残る。そのため、金利差が何%変化したから、為替レートがどれだけ変化すべきというのは確定できない部分が残る。現実には、その効果の一部を市場価格に即座に反映する(ジャンプ)という形で取り込み、残りを適応的に長期的な時間経過(トレンド)で取り込むというのが無難な考え方のように思える。ジャンプのような挙動が行き過ぎて、長期的なトレンドが逆方向になる場合もあり、こういった事象はオーバーシューティング(Overshooting)といわれる。国際金融論は、このオーバーシューティングを取り扱うのがお好きらしく、有名なモデルにドーンブッシュ・モデル(Dohnbusch Model)というのがある。
この考え方を金利平価説の式に取り込むとすると、為替レートは金利差の時間に関する累積値だけでなく、金利差の値そのものにも依存して決定するべきとなるだろう。式にすると、$$ \small \ln X(t_{i})=\alpha+\beta R_i + \gamma \dot{R}_i+ \epsilon_i , \;\; \epsilon_i \sim N(0, \sigma^2) \quad \\ \small R_i = \sum_{i=1}^{i-1} (r^{2nd}(t_{i-1})- r^{1st}(t_{i-1}))(t_{i}-t_{i-1})) \qquad \;\; \\ \small \dot{R}_i=r^{1st}(t_{i-1})-r^{2nd}(t_{i-1}) \qquad \qquad \qquad \qquad \;\; $$という風にできる。符号が紛らわしいが金利差の方は受取金利の形にするため、符号を反対にしている。説明変数が2つになってしまったが、このような式についても回帰分析を適用することができ、説明変数が複数である回帰分析は重回帰分析(Multivariate Regression Analysis)といわれる。これも簡易的な説明は別途しようと思う。
上記の式における\(\small \gamma \)は、金利差に対する為替レートの感応度を表しており、金利が変化した場合、為替レートがどれだけ変化するかの期待値になっている。例えば、\(\small \gamma = 4 \)の場合は金利差が1%変化した場合、為替レートは約4%平均的に変化することを意味する(実際の検証結果は次回示すが、この \(\small \gamma \)の値は大体2~6程度になる場合が多い。)。金融政策では金利を0.25%刻みで変化させることが多いが、\(\small \gamma = 4 \)の場合は0.25%ごとに為替レートに約1%程度影響を与えることを意図していると考えることもできる。債券ではこのような金利に対する価格の変化率のことをデュレーション(Duration)といい、大体債券の償還までの期間に近い値になる。\(\small \gamma=4 \)というのは、このデュレーションが4であることを意味し、金利差を反映する期間を4年程度とみている、ということを意味する。当然、毎回確定した値ではないし、逆に反応することもあるため、常に成り立つということは言えないが、政策金利が変化するときの一つの目安にはなるだろうと考えられる。