テクニカル分析の数学的定式化
もしかしたらテクニカル分析では、ツールの予測能力に大した意味はないのかもしれないと言ったが、それを扱わないことには何も始まらないので、一般的なテクニカル分析が何を推定、予測しているものなのかを定式化する。移動平均線や一目均衡表などがやっていることは、基本的にノイズが含まれる過去の時系列データを元に、ノイズをカットした過去のスムージングした値や現在の値の予測値(ろ過推定値といわれる。)のようなものを推定していると考えられる。このような推定の問題は数学では確率的フィルタリング(Stochastic Filtering)の問題として知られている。
具体的に数式で表すと、ノイズ含む時系列データ\(\small x_1, x_2, \cdots x_n \)が与えられたとき、ノイズを取り除いた期待値を\(\small \bar{x}_1, \bar{x}_2, \cdots, \bar{x}_n \)で表すと、確率的フィルタリングの問題は$$\small \hat{x}_i = E[\bar{x}_i | x_1, x_2, \cdots, x_n] $$を推定する問題として定式化できる。 具体的に移動平均線では$$\small \hat{x}_i = \frac{1}{m} \sum_{j=0}^{m-1} x_{i-j} $$で、一目均衡表では$$\small \hat{x}_i = \frac{1}{2} \left(\max_{j} x_{i-j} + \min_{k} x_{i-k} \right), \;\; j,k = 1, \cdots, 26 $$で推定しているということになるだろう。あまり使われないが、中間値(Median、順番にデータを並べたときにちょうど真ん中になる値)を推定値とする方法も適用できるかもしれない。
これらの推定方法は\(\small \bar{x}_i \)に特定の時系列モデルを仮定しないという意味で、ノンパラメトリックな(特定のパラメータを仮定しない)アプローチと考えることができる。余計な前提を置かないという意味では広範囲に適用できる方法であるが、一般的過ぎるために適用できる手法が限られるアプローチともいえる。
状態空間モデル
一般性をある程度放棄して、確率的フィルタリング問題を時系列モデルで表せば、$$ \small \bar{x}_t = f(\bar{x}_{t-1}, \bar{x}_{t-2}, \cdots) + \eta_t \\ \small x_t = \bar{x}_t + \epsilon_t \qquad \qquad \quad \;\; $$と表現することができる。このような方程式の体系は状態空間モデル(State Space Model)といわれている。上の方程式を状態方程式(もしくはシステム方程式)、下の方程式を観測方程式という。ノンパラメトリックなアプローチは状態方程式がなく、内部の状態 \(\small \bar{x}_i \)の挙動に前提を置かないアプローチとみることができるのに対して、上記のアプローチは内部の状態が不確実性があることを仮定するものの一定の法則性に従って変動していると仮定するアプローチとみることができる。
内部の状態をベクトル化すると、状態方程式は1期前の状態のみに依存する形に一般性を失うことなく変形できることが多く、$$ \small \bar{x}_t = f(\bar{x}_{t-1}) + \eta_t \; \\ \small x_t = \bar{x}_t + \epsilon_t \quad \quad $$と表すことができる。通常扱われる状態空間モデルはこの形式である。特に状態方程式の関数\(\small f(x) \)に線形関数を仮定し、状態ノイズ\(\small \eta_t \)、及び、観測ノイズ\(\small \epsilon_t \)に正規分布を仮定したモデルは線形カルマンフィルター(Linear Kalman filter)という。このような単純なモデルでもかなり複雑な計算をすることになるのだが、おいおい説明してこうと考えている。
ちなみに、このような確率的フィルタリングの問題やそれを利用した確率的システム制御理論というのはロケットの位置を推定したり、軌道を制御したりするのに頻繁に登場する数理問題であるらしい。このような理由から、金融機関で数理的なモデルやコンピュータープログラムを開発するクォンツといわれる人たちはしばしばロケットサイエンティストというイメージが持たれているようである。実際にロケットサイエンティストであった人たちが本当に金融業界にたくさんいるのかは定かでない。また、現代的なマクロ経済学も確率的動学的最適化という同様の数学理論を用いて定式化されている。筆者はこういった理論を支持しないが、経済学者もある意味ではロケットサイエンティスト化しているのかもしれない。